あの弁慶と縁(ゆかり)の地で作られています。
八百年余昔、弁慶の一行が滞在し、アイヌの人々と角力をとったといわれる土俵の跡がある寿都弁慶岬。
再び生まれ変ってこの地に戻って来る事を約束した二ッ森の伝説です。それから五百年程経った頃より和人による鰊(にしん)漁が行われるようになりました。
そして向えた明治中期の鰊大漁期。
豊作を祈り授かった光る魚体より取り出された数の子は縁起物として黄色いダイヤと呼ばれ、当時でも貴重なものでした。
厳しく、美しい北の日本海に面したこの岬で、弁慶が漁見守ってくれているのかも知れません。
|